7話:茶舗 円相

境界の食卓

祭日に真壁円は、裏通りへ足を向けた。
「円ちゃん、悪いね。今日は限定品の日で、ちょっと猫の手も借りたくて」

「いいですよ。」

円はエプロンを受け取り、勝手知ったる手つきで急須を並べ始めた。

「湯呑み、まだ同じ場所なんですね。」

「変えると円ちゃんが迷うだろ。」

「もう迷いませんよ。」

古い町家の軒先に作られた低い犬走の段差に腰掛け、
若い二人は手にしたばかりの「季節限定の抹茶パフェ」の
透明な器をのぞき込んで、声を弾ませていた。

「すごい、マジでここまで来てよかったわー」

「ね。写真撮ろ、ほら、こっち向いて」

バス停には、小さな時刻表が一枚貼られているだけだった。
さっき降りた駅の電光掲示板も、一面しかなかった。
左のホームには都会行き。
右には山へ戻る二両編成が待っている。

「ほんと、別世界だったね。」

そのどこか垢抜けない素朴な服の着こなしや、

山の緑と土の匂いを微かにまとった佇まいは、

この濃密な商店街の空気の中で、

無防備なほど浮き上がって見えた。
格子戸の向こう、お茶屋の店内では、
地元の婆さんたちのマシンガントークと笑い声が、
地鳴りのように響いている。
その圧倒的な人間の生気――処理を誤れば若者たちを気後れさせ、
一瞬でデートの甘い空気を駆逐してしまう「猛毒」――は、
ガラス一枚を隔ててじわじわと外へ漏れ出していた。

「……なんか、あのお店の中のおばあちゃんたち、すごかったね」

「うん。ちょっと圧倒されちゃった」 彼らはまだ気づいていない。

自分たちが婆さんたちの放つ「世間の圧力」に気圧されていることにも。
そして、その婆さんたちの凄まじい陽気が防壁となって、裏通りの
深い影から這い出そうとしていた別の怪異を、完璧に退けていることにも。

ガラッと格子戸が開いた。
大きな風呂敷包みを背負った真壁円が、ごく自然な足取りで出てくる。
円は二人の前に立つと、お茶屋のテイクアウト用の小さな湯呑みを二つ、
そっと差し出した。

「これ、お店の奥さんから。『外で食べるなら、このお茶がパフェの甘さに合うから』って」

それは、店内で婆さんたちがガブガブと飲んでいるのと同じ、
この土地の深い渋みを持った地元の煎茶だった。

「あ、ありがとうございます!」

二人がそれを受け取り、お茶を喉に流し込んだ瞬間、彼らの輪郭から
観光客としての浮ついた緊張がすうっと消え失せた。
土地の水分が身体に馴染み、世界の濃度が滑らかに調和していく。
格子戸の向こうで、じっと若者たちをロックオンしていた婆さんたちの視線が、
その瞬間にふっと緩んだ。

「あら、あの子たちは山のほうの子だねぇ」

「うちのお茶を美味そうに飲んどるわ」

不審な異物を見る目は、遠い身内を見守るような柔らかいものへと変わり、
婆さんたちは満足そうに自分の湯呑みへ口を戻した。
若者たちが「山の怪異」としての本性を剥き出しにすることもなく、
人間側の領域を脅かすこともない。
ただ一杯のお茶という「作法」によって、すべてが安全に手懐けられていた。

「ごゆっくり」

円はそれだけ言い残し、鼻歌混じりで裏通りの奥へと歩き去っていく。

「……このお茶、ちょっと渋いけど、パフェと一緒に飲むとすごく美味しいね」

「ね。なんか、この通りも落ち着くし、いいお店だなぁ」

二人は笑顔を取り戻し、山へ帰るバスの時間まで、
愛おしそうに限定品を味わい続けた。
――彼らがバスに乗り込み、あの電光掲示板が
1枚しかない駅へと帰っていった後のことだ。
二人が都会行きの左のホームには目もくれず、
夕闇の迫る「右:山行き」の電車へと消えていった頃、
入れ替わるようにして、山からのバスが再びお茶屋の前に滑り込んできた。
ぷしゅう、と古いドアが開く。
降り立ってきたのは、少し季節外れなノースリーブを着た女性と、
人間の平均的な体躯の枠に収まりきらないほど、
頭一個分背の高い連れの男だった。
二人の足元からは、ひんやりとした川霧と腐葉土の匂いが立ち上っている。

その駅の周辺では、大昔、ウミガメが売られていた。
まだ人間が線路を敷く前から、そこは山と海が出会う巨大な境界のへそであり、
命のやり取りをする場所だった。
その頃から、このお茶屋の前へと直行するバスのルートは、
何一つ変わらずに存在している。
ウミガメの流通が途絶えた現代、彼らはかつての「海の恵み」の代わりに、
お茶屋の限定品という名の必需品を求めて、今も変わらぬ一本の線を辿ってくるのだ。
店内の婆さんたちは、動じない。
彼女たちの祖母の代から、あのバスに乗ってやってくる「山のお客さん」を、
ずっとこの作法で迎え入れてきたからだ。
店から出てきた円が、新しい水出しのピッチャーを手に、
裏通りの奥から歩いてくる二人を見据えて、小さく目元を緩めた。

「奥さん、山から次のお客さんです。
水出しのお茶、もう一升、用意しておいてください」

店の中から、婆さんたちのはっはっと笑う大声と、

「はいよ、今度はどこの子かねぇ」

という奥さんの元気な声が響く。

帰宅すると、赤嘴のボタンインコが真っ先に肩へ飛んできた。
青い方も、少し遅れて隣へ並ぶ。
円は蕎麦の実を一粒ずつ、指先で渡した。
二羽が食べ終えるのを待って、小さなホニオパティの皿をそっと差し出す。

「主食は、粒々ごはんだからね。」

二羽は素直にシードをついばみ始めた。
殻が肩や腕へぱらぱらと落ちる。
気がつけば、エプロンの肩はシードの殻だらけになっていた。

「ちゃんと食べたね。」

円はもう一度、蕎麦の実を二粒ずつ指先から渡す。
二羽は満足そうに受け取り、小さく鳴いた。
ベランダには、いつものカラスが待っていた。

「今日は遅くなった。」

煮干しを差し出すと、一度だけ喉を鳴らして夕暮れへ飛んでいく。
居間へ戻る。
風呂敷包みを机へ置く。

「帰り際に持たされた。」

包みを開くと、煮物と焼き魚、それに炊き込みご飯の匂いが立ちのぼった。

仏壇へ線香を供え、読経を終える。

洗面所の鏡が、ゆっくり藍色へ沈んでいく。

「今日は円相を手伝ってきた。」

「そのようだ。」

カイギデルが表情を変えずに答える。

「夕飯まで持たせてもらった。」

「あの奥さんらしい。」

「今日は限定品の日で忙しかったからね。」

「あの釜は、まだ湯を沸かしていたか。」

「うん。誰も気にしてなかったけどね。」

「……それでいい。」

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