耳の街

モダンホラー

夜になると
この街は静かに耳を澄ます

マンションの窓
コンビニの駐車場
誰もいない改札
青白いスマホの光

みんな
誰かの言葉を待っている

「大丈夫」
「変わってないよ」
「君は悪くない」

そんな
使い古された音声を
まるで祈りみたいに再生する

この街では
言葉だけが死なない

恋人は去る
季節も変わる
結婚し
老い
名前すら思い出せなくなる

けれど声だけが残る

機種変更されたスマホの奥底で
バックアップされた深夜の会話が
まだこちらを見ている

「お前は一途だよ」

その一文だけで
何年も生き延びている亡霊がいる

耳を塞いでも
聞こえてしまう

優しかった声
理解者の声
もう二度と戻らない人たちの声

この街の住人たちは
みんな少しずつ死んでいる

現在ではなく
過去の言葉によって生かされているからだ

だから誰も
本当に沈黙できない

沈黙は
愛が失効する音だから

誰かがまた言う

「俺は味方だよ」

すると街は
少しだけ静かになる

だが夜明けまでだ

朝になれば
その言葉はまた揮発する

そして人々は
新しい声を探して歩き出す

終わった恋の残響を
イヤホンみたいに耳へ押し込みながら

ここは耳の街

死人たちの言葉だけが
いつまでも
電波の底で息をしている街。

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