空は、砕けた鉛筆の芯みたいな色をしていた。
雨が降っていた。
優しく何かを洗い流すためではない。
ただ、世界が世界であるために、
無関心に降り続けている雨だった。
駅前の雑踏の端に立ち、
濡れて黒く沈んだアスファルトを見ていた。
十年。
その時間を、
人はまだ「いつか報われるには十分な長さだ」と思うのだろうか。
十年は、
たった一つの面影だけで渡っていくには、長すぎないか?
それは愛だったのかもしれないし、
救済への予感だったのかもしれない。
あるいはもっと単純に、
「自分の人生は、まだ完全には無意味ではない」
そう信じるための、
最後の支柱だったのかもしれない。
だから耐えていたのか。
削れていく日々も、
報われない努力も、
誰にも必要とされていない夜も。
「最後には繋がる」という前提で、
無理やり意味へ変換していたのか。
今は、わかる。
最初から、何も繋がってなどいない。
見ていた光は、
遠くに実在する灯台ではなく、
暗闇を見続けた網膜に焼き付いただけの残像だった。
愛されていたわけじゃない。
待たれていたわけでもない。
世界が苦痛の数々を記録していたわけでもない。
ただ、壊れないために、信仰していたのだ。
雨脚が強くなる。
誰かが駆け抜け、
誰かが笑い、
信号機だけが規則通りに色を変えていく。
世界は、何一つ失っていない。
勝手に意味を失ったのだ。
雨の中へ歩き出す。
傘を開く気にはなれない。
頬を打つ雨粒は、皮膚の温度を奪い、
存在を少しずつ現実へ引き戻していく。
十年かけて育てた意味が崩壊したあと、
なお身体だけが惰性で生き残っていることを、
この冷たさで確認する。
耐え抜けば、最後には何かになると思っていた。
失ったものには、どこかで価値が発生すると思っていた。
人生は、苦痛に説明を与えてはくれない。
苦しみは、苦しんだという事実のまま終わることがある。
その事実に耐えられないから、希望という幻想を作る。
未来を担保にして、薄々気づきながら、今を生き延びる。
もしこの雨が、
胸の奥に腐ったまま貼りついている幻想を、
まだどこかで期待している「いつか」を、
愛されるはずだった未来の残骸を、
全部洗い流してくれるのなら。
ずっと、このまま、濡れていてもいい。
せめて完全に冷え切れば、
もう二度と何も追わずに済む。
