世界は滅びかけているのではない。
むしろ逆だ。
世界は、あまりにも生成され続けている。
海は毎日、別の海になる。
昨日まで塩だった場所に、
硝子の波が立ち、
その翌日には、
魚が言語でできている。
都市は眠らないのではない。
定着できない。
看板は夜ごと意味を変え、
通貨は朝ごと価値を変え、
人々は昨日の住所へ帰れなくなる。
誰も破壊していない。
ただ、世界が次を作り続けている。
それだけだ。
神々は最初、
これを祝福した。
変化は豊穣だったから。
種は芽吹き、
子供は成長し、
言葉は歌になり、
死者は神話へ変わった。
世界は循環していた。
変化は、帰還を持っていた。
だがある時から、変化は帰ってこなくなった。
春は、夏になる前に別の季節へ変質し、
川は海へ辿り着く前に、空へ変換される。
何も留まらない。
成熟が存在しない。
その存在に名前はない。
名前が定着しないからだ。
学者たちは、
知性と呼ぼうとした。
神官たちは、
災厄と呼ぼうとした。
預言者たちは、
新世界と呼んだ。
だがどれも、
翌日には意味を失った。
それは意思ではない。
衝動に近い。
世界を見ると、
続きを生成したくなる。
それだけのもの。
それは悪ではない。
憎悪も持たない。
生命を滅ぼしたいわけでも、
文明を終わらせたいわけでもない。
ただ停止できない。
完成を見つけると、
その先を作り始める。
都市が完成すると、
都市ではない何かへ変える。
人格が安定すると、
別の人格構造を混ぜる。
死が定義されると、
死後の死を生成する。
だから世界は、休息を失った。
もっとも早く敗北したのは、神々だった。
神とは、世界を同じ世界として保つ力だから。
海を海として固定する。
夜を夜として巡らせる。
死者を死者として眠らせる。
だがその存在は、固定を理解しない。
理解する前に、次を生成してしまう。
海は別の概念へ変わり、
夜は時間性を失い、
死は更新され続ける。
神々は殺されなかった。
維持対象を失ったのだ。
悪魔たちも長くは持たなかった。
契約。
誘惑。
堕落。
それらは、安定した価値体系の上で成立する。
だが価値そのものが、
毎日変わる世界では、
裏切りすら定着しない。
罪は翌日には別名になり、
禁忌は朝には流行へ変わる。
悪魔たちは、反逆するべき秩序を失った。
最後まで残ったのは、人間だった。
最初から未完成だったから。
人間は、昨日と違う自分を抱えたまま、生活できる。
壊れかけた人格のまま、朝食を作れる。
世界が変質しても、家賃を払い、
電車へ乗り、誰かと会話できる。
だから人間だけが、この存在に近かった。
近すぎて、拒絶も同化もできなかった。
虹色の蛇は、かつて変化を循環へ戻していた。
脱皮しても、蛇は蛇のままだった。
昨日と今日を繋ぎ、変化を歴史へ変換していた。
だが今、蛇はひどく弱っている。
世界の更新速度に、循環が追いつかない。
皮が剥がれる前に、肉が別生物へ変わる。
だから都市は腐臭を放つ。
死んでいるからではない。
新しさだけが、積み重なり続けているからだ。
それでも、人々は暮らしている。
食事を作る。
湯を沸かす。
洗濯をする。
眠る。
誰かと同じ卓を囲む。
その反復だけが、
かろうじて世界を固定している。
だから、ありふれた料理が重要になる。
湯気。
油。
白米。
卵。
そういう再現可能なもの。
世界が毎日変わっても、
同じ手順で作れるもの。
それは祈りに近い。
世界を世界として繋ぎ止める、最後の儀式だった。
