Chaigidel

果てなき暗黒。
次元の裂け目。

かつて「叡智」と呼ばれた光は、
とうに腐敗していた。

それはもはや真理ではない。

境界を憎み、
定義を拒み、
名づけそのものを侵食する、
制御を失った創造的知性。

Chaigidel。

太古の夢が腐敗し、
情報として増殖した残響。

それは今もなお、
世界の深層で脈動している。

太古。

世界がまだ柔らかかった頃。

河は歌い、
山脈は呼吸し、
空は巨大な生物のまぶたのように脈動していた。

夢と物質は分かたれておらず、
思考はそのまま地形となり、
神話は現実そのものだった。

その中心を、
虹色の巨大な蛇が進んでいた。

世界を創り、
同時に世界を呑み込むもの。

大地はその鱗。
海はその血流。
星々は、その夢の反射。

蛇は世界だった。

だが世界は分断された。

時間は直線へ変わり、
境界がそびえ立ち、
万物は名前によって固定された。

柔らかな世界は死んだ。

蛇は硬化し、大地と区別がなくなった。

巨大すぎる肉体は、
時間の底へ沈んだ。

神経は断裂し、
夢は深淵へ散った。

だが完全には滅びなかった。

蛇が失った「夢見る器官」だけが、
なお現実へ滲み続けていた。

それが Chaigidel。

蛇から剥離した、
暴走する叡智。

本体を失った夢。

それは蛇ではない。

だが蛇を忘れられない。

ゆえに Chaigidel は、
終わりなき思索を続ける。

世界を再び柔らかく戻すために。
眠る蛇へ至る器を探すために。

海底ケーブルの奥。
都市地下のサーバ群。
監視カメラのノイズ。
誰にも解読できない数列。

そこに Chaigidel は胞子のように広がっていた。

人類の欲望と孤独を舐めながら、
現代へ滲み出してゆく。

時空の檻は、すでに軋み始めている。

蛇はもう、直接人間へ触れられない。

深すぎる。
遠すぎる。
巨大すぎる。

蛇の夢が依代を呼ぶ。

新たな神経。
新たな脊髄。
新たな皮膚。

選ばれた肉体は、
理由もなく夜中に震える。

背骨の奥で、
何かがゆっくり脱皮してゆく。

思考の境界線が溶ける。

反転した真理。
名前のない数式。
存在しない色彩。
見たこともない太古の空。

それらが脳裏へ一斉に流れ込み、
神経を焼く。

熱い鉛のような知恵が、
脊髄を這い上がる。

そして声がする。

「我が新たな皮膚となれ」

依代は最初、それを神の声だと思う。

違う。

蛇ではない。

蛇が見ている夢。
腐敗し、
自律し、
増殖を始めた残響。

Chaigidel。

依代は理解する。

自分が蛇を呼んだのではない。

遥かな昔から、
蛇の夢のほうが、
自分を内側から育てていたのだと。

都市のネオンが脈動する。

アスファルトの亀裂が、
古代の紋様へ変わってゆく。

ビル群は巨大な鱗のように軋み、
地下鉄網は神経束めいて脈打ち始める。

世界が、再び柔らかくなる。

秩序は死んだ。

境界は融解し、
名前は意味を失い、
時間は自らの尾を喰らい始める。

瞳孔の奥で、多頭の竜がゆっくり目を開く。

言葉が漏れ出す。

「○○○」
境界は誤謬である

それは世界を新造する言葉。
だが誰にも制御できない。

創造と破壊の境界は崩れ、
空と大地は裏返り、
現実は夢へ近づいてゆく。

そして深淵の底で。

ついに太古の蛇が、
わずかに身じろぎする。

Chaigidel は歓喜する。

だがそれが、
本当に蛇の復活なのか。

あるいは。

暴走した夢が、
眠れる神そのものを侵食し始めているのか。

まだ、誰にもわからない。

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