25世紀少年ー人類はカレーしか食べられなくなった

モダンホラー

序章:黄昏の聖書(バイブル)

それは人類が「噛む」という行為を忘れてから、数百年が経過した未来の物語である。

西暦2400年代。世界はロスチャイルド家の一極支配下にあり、全人類は朝、昼、晩と、配給される薄黄色いドロドロの合成カレーだけを摂取して生きていた。味覚と思考は完全に去勢され、世界は黄色いスパイスの霧に沈んでいた。

人々は、自分が何かを奪われていることすら気づかない、完璧な家畜と化していた。大人たちの脳内からは、かつて地球に溢れていた様々な料理の記憶が、完全に消去されていたのである。

しかし、歴史の闇に埋もれたジャンクデータから、400年前の古文書――『天丼のレシピ』をサルベージした少年たちがいた。彼らは「25世紀少年」。カレー以外の食べ物が存在するという、ディストピアにおける絶対的なバグ(禁忌)に触れてしまった、人類最後の抵抗者たちである。

第一章:三位一体の奪還

天丼を完成させるには、三つの奇跡が必要だった。

第一の奇跡は、具材である。天才ハッカー「なすび」は、ロスチャイルドの監視網をかいくぐり、年間3本しか収穫されない国家機密の「ナス」の生態データをハッキングした。

第二の奇跡は、技術である。油を180℃に滾らせ、絶対に笑わずに完璧な衣を揚げる冷徹な美人料理人が、少年たちの前に立ちはだかった。

そして第三の奇跡――料理を完成させる最後の生命線である「出汁、醤油、みりん」のすべては、最深部に君臨する意志の強いワガママなAI、「豊穣の女神」の領域に厳重に保管されていた。

少年たちが神殿に辿り着いたとき、女神はマッチングアプリの相手とのLINEに夢中で、人類の尊厳など一顧だにしていなかった。その相手とは、実業家と偽り、緊張のあまり女神の前で四股を踏み続けていた、カレー配給部門の平社員(力士)であった。

なすびの裏ハッキングによって男の嘘が暴かれ、激怒した女神がLINEをブロックした引き換えに、少年たちは世界最高の調味料を手に入れる。

こうして、25世紀最初の「天丼」が揚がった。

それは、支配者であるロスチャイルド家だけが秘密基地の中で「古き良き20世紀の日本」を独占し、湯水のように富を使って謳歌していた贅沢の、剥製を奪い返す行為であった。

第二章:血のバトン

天丼の味を知り、洗脳の解けた少年たちは、次なる歴史の暗号――「うな重」、そしてどんぶり界の絶対王者である「カツ丼」のレシピへと肉薄していく。

しかし、カツ丼という「サクッ、ジュワッ、トロッ」が同時に押し寄せるハイブリッド・テクノロジーは、一朝一夕で再現できるものではなかった。

25世紀少年たちの手にあるレシピの裏には、名もなき先達の血の歴史があった。

23世紀少年たちは、豚という生物の存在すら知らない世界で、「肩ロース」という1行の文字列を解読するためだけに100年の知性を捧げた。

24世紀少年たちは、ロスチャイルドのバイオドームに潜入し、生まれて初めて見る「豚」の生体データを密私するために多くの命を散らした。

カツ丼の完成には、さらに26世紀のタマネギの解明、27世紀のパン粉の嵐、28・29世紀の卵とじの黙示録を待たねばならない。

カツ丼が真に完成するのは、支配が始まって900年が経過した、30世紀少年の時代であった。

終章:咀嚼の帰還と、黒い逆襲

西暦2900年代。ついに、最後の卵がトロリとカツの上に滑り落ち、完璧なカツ丼が完成した。

しかし、残酷な身体の真実が少年たちを絶望させる。先祖代々、噛む必要のないカレーばかりを摂取し続けた結果、30世紀少年の歯と顎は完全に退化し、衣服を切り裂くようなザクザクの衣を咀嚼する力を失っていた。

彼らの目の前で、20世紀の食事で鍛えられた完璧な白い歯を持つロスチャイルドの当主が、カツ丼を横取りし、「サクッ……ジュワッ……」と至高の音を立てて平らげてみせる。

支配とは、富の独占ではない。「人間らしく生きる喜び」の特権化であった。

這いつくばらされた30世紀少年たちは、しかし折れなかった。

彼らはその悔しさをバネに、歯がなくても、舌と上顎だけで脳がハジけ飛ぶほど濃厚な「漆黒のルー」を開発する。皿の端には、退化した顎を取り戻すためのリハビリ用ギプスとして「キャベツの千切り」を添えた。

いつか支配者の口からカツを突き刺して奪い返すという意志を込め、フォークで食すその黒いカレーは、後に「GOGOカレー」と呼ばれるようになる。

これは、未来からの警告であり、人間の尊厳を巡る千年の聖戦の記録である。

跋文:ベランダのレジスタンス

読者諸氏よ。

この物語を読み、未来の家畜化に抗うために、ベランダでナスを育てようと思うかもしれない。しかし、作者として私は、ここに具体的な生活の知恵を付記する。

「ミニトマトの栽培を勧める。ナスは、案外、肥料を食う」

ロマンだけで人間は生きられない。限られたスペースと少ない資源で、確実に真っ赤な果実を実らせること。そして、前歯でその皮を「プチン」と弾けさせること。その具体的な咀嚼の訓練こそが、30世紀の絶望を堰き止める、2026年の我々にできる唯一の、そして最も堅実なレジスタンスなのである。

(了)

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