境界の地図

1,この場所について

このブログの中心には『境界の食卓』があります。

真壁円、カイギデル、虹蛇を軸にした連作です。

境界が少しずつ柔らかくなった世界で、人と人ならざるものが共に暮らしています。

短編

ここには独立した物語を収めています。

それぞれ独立した物語です。

けれど地下ではどこかで繋がっています。

ある物語で見つけた言葉の欠片が、別の物語へ流れ着くことがあります。

この場所には、そうした短編や掌編を収めています。

詩と呼ぶには長く、
散文と呼ぶには曖昧な言葉たちです。

物語になる前の呼び声や、
地下を流れる水脈のような断片を置いています。

いつか物語になるものもあれば、
ならないまま流れていくものもあります。

2. 「観察」というタグについて

観察とは、ただ眺めることではありません。

真壁円にとって観察は、生存のための技術です。

世界は、常に同じ姿を保つとは限りません。

人は変わります。
土地は変わります。
記憶は変わります。
そして境界は揺らぎます。

だからこそ、観察します。

鳥がいつも通り餌を食べているか。
カラスがいつもの場所へ来ているか。
鏡の向こうは静かなままか。
土地に異変はないか。
蟹化は進行していないか。

観察とは、世界がどのような状態にあるのかを把握し続ける行為です。

そのため、観察には複数の側面があります。

愛情としての観察

生存確認としての観察

境界監視としての観察

記録と可視化のための観察

定着確認としての観察

観察の目的は知識ではありません。

理解でもありません。

生存です。

真壁円は学者ではありません。
研究者でもありません。

彼女は、世界の状態を継続的に把握し続ける者です。

だから彼女は、

異変を探し、
目印を打ち、
記録し、
比較し、
確認します。

そして、その積み重ねによって日常を維持しています。

このタグが付く作品では、

「世界がどうなっているのかを確認する行為」

が重要な役割を果たします。

それはペットの世話かもしれません。
異界の監視かもしれません。
蟹化の観測かもしれません。

しかし、その根は同じです。

観察とは、変化し続ける世界の中で、生きるために行われる営みなのです。

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