この人と、まだ可能性があると思ってしまうとき

願いで見る女

― 願いは、順番を守らないと現実を歪める。
真壁まどかは、相談を受ける。
ただし、答えは出さない。

見えていることを、そのまま言う。
それだけで、関係が動くことがある。

いつからか、
「円(えん)」と呼ばれるようになった。

午後。

少しだけ静かな時間。

「この人と、ちゃんとうまくいきたいんです」

女はそう言った。

「もっと近づきたいし」

「ちゃんと大切にされたいし」

少し間。

「できれば、結婚もしたいです」

円は何も言わない。

「変なこと言ってますか?」

「言ってないよ」

「普通だね」

女は少しだけ安心した顔をする。

「でも」

円が言う。

「それ、今どこに置いてる?」

「え?」

「願い」

女は少し考える。

「……ちゃんと見てます」

「何を?」

「相手のこと」

円はカップを置く。

「ほんとに?」

沈黙。

女の視線が揺れる。

「連絡、減ってるよね」

「……はい」

「向こうから来ることは?」

「ほとんどないです」

「会う話は?」

「私から出してます」

沈黙。

「でも」

女が言う。

「今ちょっと忙しいみたいで」

円は何も言わない。

「タイミングが悪いだけかもしれないし」

沈黙。

「本当は、気持ちはあるのかもしれないし」

円は静かに言う。

「それ、見てないね」

女が止まる。

「え?」

「相手じゃなくて」

少し間。

「願い見てる」

沈黙。

女の手が止まる。

「でも、可能性はありますよね」

円は少しだけ考える。

「ゼロではないね」

「ですよね」

女が少し前に出る。

「だったら――」

「でも」

円が遮る。

「それ、現実じゃない」

沈黙。

女の表情が止まる。

「可能性は、現実じゃない」

静かな空気。

「……でも」

女は言葉を探す。

「信じたいんです」

「いいよ」

円は言う。

「信じるのは自由」

少し間。

「ただ」

円はゆっくり続ける。

「順番が逆だね」

沈黙。

女の目が動く。

「……順番?」

「先に見るのは、出てきてるもの」

「連絡の量」

「会う頻度」

「向こうからの動き」

「それが現実」

静かな空気。

「そのあとで、願う」

沈黙。

女は何も言えない。

「今は逆になってる」

少し間。

「願いに合わせて、相手を見てる」

女の視線が落ちる。

「……見てるつもりでした」

「見てないね」

円は言う。

「解釈してる」

沈黙。

女の指がわずかに震える。

「でも、それって冷たくないですか」

円は首をわずかに傾ける。

「サバイバル的には普通だね」

女が戸惑う。

「え?」

「その関係、持つかどうかを見るだけ」

沈黙。

「今の状態で、持つと思う?」

長い沈黙。

「……持たないです」

円は頷く。

「そういうこと」

静かな空気。

「でも、私がもっと頑張れば」

円はすぐに言う。

「変わらないね」

女が顔を上げる。

「恋愛は、一人でやるものじゃない」

沈黙。

「あなたの努力で埋まる領域じゃない」

静けさ。

女の目が少し揺れる。

「じゃあ、この願いはどうしたらいいんですか」

円は少しだけ考える。

「捨てなくていい」

女が驚く。

「え?」

「ただ、置き場所を変える」

沈黙。

「この人じゃなくて」

少し間。

「どういう関係で生きたいか」

女は動かない。

「大切にされたい」

「ちゃんと向き合われたい」

「安心したい」

「それが願い」

静かな空気。

「今のは?」

円が言う。

「ただの固定」

沈黙。

女はゆっくり息を吐く。

「……私、この人に固まってました」

「うん」

「本当は、違うもの見てたのかもしれないです」

円は何も言わない。

女はスマホを見る。

開く。

閉じる。

また開く。

少し考える。

画面を閉じる。

「今日は、連絡しないで帰ります」

「いいよ」

「たぶん、まだ好きですけど」

「いいよ」

円は言う。

「それとこれ、別だから」

女は小さく笑う。

「難しいですね」

「普通だね」

女は立ち上がる。

「ありがとうございました」

ドアが開く。

午後の光。

静けさが戻る。

円はカップを洗う。

水の音。

頭の中で、構図が並ぶ。

人は願う。

でも、

順番を間違えると、

現実が見えなくなる。

円は手を止める。

「……無駄じゃない」

小さく呟く。

「でも、順番だね」

水を流す。

外。

女は歩く。

スマホは見ない。

少しだけ、姿勢が変わっている。

真壁円の独り言

恋愛が苦しくなる前に、多くの場合すでに関係の成立を早く見積もりすぎている。

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