真壁まどかは、相談を受ける人間だ。
ただし、答えは出さない。
見えていることを、そのまま言う。
それだけで、関係が動くことがある。
いつからか、「円(えん)」と呼ばれるようになった。
消された恋の時間
― 恋は成立しても、生き残るとは限らない。
夜の商店街。
シャッターの音。
「真壁相談室」だけ灯りが残る。
ベル。
女が入る。
「すみません」
少し迷って座る。
「どうしました」
女は考える。
「好きな人に…言いたいことがあるんです」
真壁円は、待つ。
「でも、言えなくて」
「うん」
「言ったほうがいいのは分かってるんです」
間。
「その瞬間だけ、止まる」
真壁円は、カップを置く。
「何が浮かぶ?」
「相手の顔」
「うん」
「嫌な顔するかもって」
「うん」
「空気が冷える気がして」
「うん」
「関係が変わる気がして」
沈黙。
「だから?」
女は少し笑う。
「丸くなります」
「どうやって」
「前置きして」
「謝って」
「冗談にして」
間。
「言わないです」
静けさ。
「言ったあと、どうなる?」
「疲れます」
間。
「残る?」
「言えなかった感じが」
「うん」
「…削れてる感じがします」
真壁円は、頷く。
「固定されてるね」
「……はい」
「言うと壊れる」
沈黙。
女の指が止まる。
「でも、普通じゃないですか」
「普通だね」
「傷つけたくないし」
「うん」
「壊したくないし」
真壁円は、わずかに笑う。
「だから、全部持つ」
沈黙。
「相手の反応」
「空気」
「気まずさ」
「全部、自分」
女は黙る。
「その形」
間。
「関係は残る」
女が顔を上げる。
「でも」
一拍。
「あなたが残らない」
静けさ。
外の音が遠い。
「それ、持つ?」
沈黙。
女は首を振る。
「……持たないです」
真壁円は、頷く。
「長くは続かない」
「でも」
女が言う。
「傷つけたら終わりじゃないですか」
「逆だね」
女が止まる。
「摩擦は壊れじゃない」
間。
「境界が出ただけ」
沈黙。
女は動かない。
「どこまで入れるか」
「どこから無理か」
「摩擦でしか出ない」
静けさ。
「でも、怖いです」
「うん」
「不機嫌になるかもしれないし」
「なるかもね」
「嫌われるかもしれないし」
「そうだね」
沈黙。
女はスマホを見る。
「分けてないね」
「……え?」
「相手の反応」
間。
「そこは相手の領域」
沈黙。
女は黙る。
「今まで逆だったでしょ」
「……はい」
「だから削れる」
静けさ。
「摩擦は情報」
小さく。
「壊れじゃない」
女はゆっくり頷く。
「……それでも怖いです」
「怖いよ」
間。
「でも」
「削れ続ける方が早く終わる」
沈黙。
女は息を吐く。
「少しだけ、言ってみます」
「崩れるね」
「たぶん」
「うまく言えないです」
「そうなる」
間。
「それも情報」
女は少し笑う。
「……情報」
立ち上がる。
「ありがとうございました」
ドア。
夜の空気。
静けさ。
真壁円は、カップを洗う。
水の音。
止める。
「成立してる」
間。
「でも、持たない」
水を流す。
外。
女はスマホを見る。
打つ。
止まる。
消す。
また打つ。
送る。
既読。
それだけ。
女は画面を見る。
少し違う顔。
真壁円の呟き
恋は成立しても、生き残るとは限らない。
